新開昌彦 / 記事バックナンバー(3月20日〜4月20日 福岡県西方沖地震)
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2005年記事バックナンバー
  • 2月7日〜8月16日(移動知事室〜衆院選のマニフェスト)
  • 3月20日〜4月20日(福岡県西方沖地震)
  • 2月1日〜2月5日(カンボジア・ベトナム視察)
    2004年記事バックナンバー
  • 8月27日〜12月24日(第2回たんぽぽ〜中越地震〜第3回たんぽぽ)
  • 1月10日〜7月12日(街頭募金〜議会報告〜参院選挙)
    2003年記事バックナンバー
  • 10月12日〜12月15日(衆院選〜条例改正〜えほん館)
  • 7月18日〜7月19日(豪雨被害に関する緊急申し入れ)
  • 5月27日(東京都八王子市への視察)
  • 5月26日(少人数学級、山形市立南小学校)
  • 5月1日〜5月13日(議会開始〜聾学校と粕屋焼却場)
  • 2月13日〜4月30日(川辺事務所開き〜2期目当選)

  • 福岡県西方沖地震(3月20日〜4月20日)
    今回の、福岡県西方沖地震で亡くなられた方に心からお悔やみ申し上げます。
    また、負傷され被災されました方にお見舞い申し上げます。
    私は、災害にあわれた方の復興と今後の防災対策に全力を挙げて参ります。
    3月20日
    午前10時53分頃、福岡県西方沖を震源(深さ9km)とするマグニチュード7.0の地震が発生。私は、震度6弱の揺れを自宅の2階で経験した。正直うろたえた。グラッときた瞬間、私は、タンスを押さえるのが精一杯だった。タンスを押さえながら「火災が起こる」と観念した。

     揺れがおさまり、部屋を見渡すと、本棚からほとんどの本が落ち、食器が落ち割れていた。割れた食器をかたずけているときに、不覚にも棚から落ちてきたガラスコップを握り、親指を切ってしまった。テレビをつけるとすべてのチャンネルが地震の報道をしていた。電話も携帯も通じない。かろうじてメールが通じた。メールで安否を確認しながら冷静になってきた。車で近辺を回り火災が発生していないことに安心した。公民館に避難している方達を見舞い、被害状況をメールや途切れる電話で県本部に送った。

    公明党本部が、直ちに災害対策本部を立ち上げ猛烈な勢いで情報収集、対応が開始された。公明党の真骨頂が災害現場でも展開される。その一員として私は、現場を動き回った。液状化現象や歩道の隆起、地割れを発見。西新商店街でもお店の壁が剥落したり、ビン類が割れたりという被害が出ていた。ラジオから博多区でブロックの下敷きになった女性が死亡。数百人が怪我をしていると報道。とにかく情報収集に努めた。

     玄界島の人たちが自主避難を開始、九電記念体育館に一時避難。夕刻、木庭健太郎参院議員を中心に西区の志岐安彦元市議、川辺敦子市議らと一緒に、九電記念体育館に急行し、皆さんをお見舞いし、惨状を聞いた。口々に地震の恐怖を語り、着の身着のままの避難に今後の不安を訴えておられた。福岡市の職員の皆さんも懸命のお世話をしていただいていた。翌朝、一番で玄界島を調査することを決めた。
    3月21日
  • 7:00〜ベイサイドに集合
  • 7:30〜調査船で玄界島へ急行 災害対策本部の木庭健太郎本部長弘友和夫参院議員江田康幸衆院議員を先頭に、県議団の野田栄市、浜崎達也、高橋雅成、そして私の4人。市議会公明党から大石修二、石田正明、川辺敦子の3議員が急行。
    玄界島の岸壁に隙間【写真 玄界島の岸壁に隙間】
    崩れかかった家屋【写真 崩れかかった家屋】

    地元消防団の方達も緊張した面持ちで、足元を確かめながら私たちを案内してくれた。「ここから先は行ったらいかん。危なかです」消防団の声が響いた。消防団の人が指差す方向に小学校があった。「体育館が少し傾いてしもうとるでしょ・・・」私は、家が崩れたのではなく、島が崩れているという印象だった。
    崩壊した家屋で説明を受ける【写真 崩壊した家屋で説明を受ける】
    崩壊した家屋【写真 崩壊した家屋】
    崩壊した階段【写真 崩壊した階段】

    昨日から「やず漁」が始まったばかり。岸壁が崩れてしまっている。
    船着場に隙間が…【写真 船着場に隙間が…】

    「船が出せんとです。この数ヶ月で年間の半分を稼ぎよっとです。一日の水揚げは、一日三千万円は上がりよったとです」と漁協の人の顔が曇る。
    玄界島対策本部に掲げられた写真が傾いていた【写真 玄界島対策本部に掲げられた写真が傾いていた】

    伊藤和義漁協組合会長は「仮設住宅を作ってほしい。一日も早く島で暮らせるようにしてほしい」と強い要望を受けた。島を一巡した時、上空からヘリで現地に降り立った麻生知事と出会った。
    調査をする公明党調査団【写真 調査をする公明党調査団】

    島を一巡し、崩れかけた家の傍で涼やかな花の香りがした。沈丁花の木が一本「凛として」立っていた。
  • 13:30〜
     警固小学校にて避難者へのお見舞い。ほとんどが、マンションなどにお住まい。部屋の片付けに行かれていた。疲れ果てておられた。
  • 14:40〜
     西浦で被災された方々へのお見舞いと調査。陸路で近づくにつれて屋根瓦にブルーシートをかぶせる人たちが多く見られる。西浦に到着。傾いて住めない家が散見される。外見は何ともないような家だが、中に入ると部屋が傾いている。被害の調査は精査する必要がある。
     山崎福岡市長と出会った。途中、県庁の保健福祉部の課長に会った。「県庁の災害対策本部にいても現場が何を欲しているのかは分かりません。数名の職員とまず現場を見ようと来ました。自分達が何をしなければならないかが良く分かりました。」県庁職員にも現場主義の人がいてうれしかった。
  • 16:40〜
     福岡市災害対策本部へ。被害認定条件の緩和、市営住宅の確保など柔軟な対応を求めた。
  • 17:30〜県庁にて翌日の予算議会への対応
    3月22日
    予算特別委員会で広田誠一上岡孝生両議員が、調査活動の結果を元に福岡県の対応をただし、被害者へのきめ細かい対応を求めた。この日、公明党福岡県議団として麻生知事に「福岡県西方沖地震」に対する要望を行った。
    知事に要望書を手渡す公明党福岡県議団【写真 知事に要望書を手渡す公明党福岡県議団

    内容は、

    1. 補正予算を含む、万全の予算措置を講ずること。
    2. 国による激甚災害の指定をはかること。
    3. 被災家屋への被災者生活再建支援法の適用については支援額の増加、住宅本体の建築、補修にも適用できるよう弾力的運用をはかること。
    4. 被害の大きかった漁港・港湾の早期復旧、整備をはかること。
    5. 倒壊の危険のあるマンションなど集合住宅の立替に対して支援策を講じること。
    6. 避難住民のため、緊急避難的に県営住宅や住宅供給公社の空き部屋を提供するなど、早急に入居枠を確保すること。
    7. 物的被害を受けた学校施設の速やかな復旧、特に被害の甚大な玄界小学校の移転をはかること。
    8. 被災のための失業、休業した方への支援をはかること。
    9. 避難生活者のためのきめ細かな食料、医療、毛布、日常品などの支給をはかること。
    10. 被災した建築物の瓦礫や家庭からの廃棄物等の処理・搬出については特段の支援措置を講ずること。
    11. 特に被害が大きく、今後の生活にも不安の大きい玄界島については、現地に国、県、福岡市合同の支援本部を設置するとともに、ライフラインの早急な復旧、仮設住宅の建設、漁業者への支援、倒壊家屋の復旧、教育環境の整備などへ支援策をはかること。

    の11項目を要望した。
    麻生知事は、「ご指摘の点は、早急にやっていきたい。特に一番被害が出ている玄界島に対しては、ライフラインの確保や道路、住宅の復旧に全力を上げ、漁業関係者だけでも島に戻り、漁業ができるようにしたい」と答えました。

     この日、国においても、首相官邸で神崎武法代表東順治国会対策委員長木庭健太郎参議院幹事長等が、小泉純一郎首相宛てに緊急の申し入れを行った。
    小泉純一郎首相宛てに緊急の申し入れを行った【写真 小泉純一郎首相宛てに緊急の申し入れを行った】
    3月23日
    現場を調査した議員4名、建築都市(野田栄市)、農林水産(浜崎達也)、商工労働(高橋雅成)、文教(新開昌彦)が各常任委員会で、地震への対応策を求めた。県営住宅などの確保。岸壁などの調査、早期復旧、休業対策、学校などの耐震診断の早期実施。
    3月24日
    福岡市中央区でも警固断層の東側、特に被害が多かったのは大名、今泉地区周辺。この日、公明党福岡県議団から高橋雅成と大城節子と私。福岡市議団公明党から上野忠之市議が調査、14階建のマンションを調査した。
    ドアが変形し壁に亀裂が入った【写真 ドアが変形し壁に亀裂が入った】
    鉄筋がむき出しになった壁【写真 鉄筋がむき出しになった壁】

     エレベーターが動かず階段で最上階の14階へ。途中の4階〜7階のドアが変形して潰れている。壁に亀裂が入り穴が開いていた光景を目の当たりにした。最上階の清水眞子宅は、足の踏み場がないほど。「思い出したくありません。家具が目の前を飛んでいった」「築5年しかたっていないマンション。引っ越したいが25年のローンを考えると・・」と頭を抱えていた。
    3月26日
    この日、高橋雅成県議と私。笹栗純夫・前原市議が調査に向かった。前原市の7階建てのマンション、14階建てのマンションを調査
    支柱に亀裂が入ったマンション【写真 支柱に亀裂が入ったマンション】

     築年数13年の7階建てマンションの1階部分の駐車場の支柱には、致命的な亀裂が走っていた。構造建築士の診断によると「90センチ四方の支柱が斜めに割れ、中の鉄筋で建物本体を支えている状況」強い余震が起きると倒壊の恐れもあり、「近く、管理組合の積立金を崩して、応急的に支柱を支える鉄の柱を立てる」(小田義雄・管理組合副理事長)。

     「要注意」と判定された14階建てマンション(築年数13年)では、管理組合が地震保険に加入していなかった。「巨額の修理費を入居者が負担するとなると大変。ぜひ、行政の支援を」と、岩下征宏・元管理組合理事は苦しい胸の内を訴えた。

     私は、マンション被害は都市型地震災害の特徴。建物の建て替えなどへの支援策や、避難住民に対する公営住宅の空き部屋提供など、被災者側に立った救済策を考えていかなければならない。と強く感じた。

     また、災害救助法適用は福岡市のみ。同じ被害を蒙っているにもかかわらず、差別があってはならない。是非、法改正を含めて考えていかなければならない。
    3月29日
    再び玄界島を調査。この日、大石司・市議会副議長をはじめ、上野忠之・党市議団団長と浜崎達也県議と私が玄界島に向かった。島に残って島民の留守を守る地元消防団の梅田土一分団長(50)の案内で被災現場を見て回った。島の傾斜地に密集する家々は多くが傾き、石垣はえぐれ、道路には亀裂が走る。「危険」「危険宅地」の赤い紙が張られた家屋が異様に目に付き、地震災害の深刻さを物語っていた。市災害対策本部によると、家屋の被害は全半壊が全体の8割強。
    ブルーシートは家を守るよりも家財道具を雨から守っている【写真 ブルーシートは家を守るよりも家財道具を雨から守っている】

     建物の危険度を示す判定でも、「危険」(127戸)と「要注意」(55戸)で約8割を占めた。断続的に続く余震や雨の影響で2次災害の危険も増している。市漁業協同組合玄界島支所では、同支所運営委員会の伊藤和義会長、玄界校区自治会の寺田至会長から要望を聞いた。席上、伊藤会長は家屋の被災状況を一軒一軒調べ、倒壊や修理不能で住めない家屋が約160戸あったことを明らかにし、「島内に公費で恒久的な集合住宅の建設を」と訴えを受けた。

     さらに、復興には行政や専門家の力が必要として、島に復興支援スタッフの常駐、被災者の個人資産を補償するための法整備などを求めた。また、寺田会長は「孫、ひ孫のためにも、一日も早く安心して漁ができる島にしてほしい」と真情を吐露していた。

     その後、県消防防災安全課の古賀裕之事務主査の案内で、この日から始まった仮設住宅建設の予定地を視察した。戸数は、玄界島と福岡市側に計200戸建設する。完成は4月30日の予定。

    神崎代表が被災地を調査】
     第2次福岡県西方沖地震災害調査団に参加しました。
    4月1日
  • 18:30〜空港から直接、九電記念体育館。
    山崎福岡市長も駆けつけ一緒に被災者をお見舞いした。ひたいに汗を滲ませながら「もう少しですから頑張ってください」お体を大切に」と一人ひとりに握手をし被災者を見舞う神崎代表。最後に「安心してください。復興に全力を挙げます」とマイクを通し決意を述べた。
    4月2日
  • 9:00〜福岡市中央卸売市場視察。
    岸壁が崩れ、危険な状態。関係者以外立ち入りを禁じられていた。
  • 9:45〜中央ふ頭視察
    1メートル近く落ち込んだ岸壁【写真 1m近く落ち込んだ岸壁】

  • 10:15〜ベイサイド(調査船で出航)
    博多湾を進む【写真 博多湾を進む】

  • 10:30〜玄界島視察
    消防団長の説明を受ける神崎武法代表【写真 消防団長の説明を受ける神崎武法代表
    調査船で移動

  • 12:00〜西浦漁港・農業ハウスを視察
    温室が壊れ、ランの黒い斑点を説明する農家【写真 温室が壊れ、ランの黒い斑点を説明する農家】

    漁村センターで要望を聞く。調査船で移動・バスに乗り換え。東衆院議員は、東区志賀島に調査に向かう。
  • 13:55〜マンション福岡市中央区今泉・大名
    亀裂が入り中から外が見える壁【写真 亀裂が入り中から外が見える壁】
    移動
  • 15:35〜福岡県庁 8階 庁議会議室
    麻生知事から神崎武法代表に要望【写真 麻生知事から神崎武法代表に要望】

    私は、「災害救助法が自治体ごとの適応で、今回は、福岡市だけとなっている。被害は、前原市や糸島郡にも出ている。平等な対応を取ってほしい」と知事に要望。知事は、「おっしゃるとおりです。平等な対応をすべきと思います」と約束しました。
    移動
  • 16:45〜福岡市役所 9階市長 応接室。
    山崎市長から神崎武法代表に要望。私は、「今日、玄界島の仮設住宅を工事関係者から、自分達は宿泊していない。しかし、朝一番の船が9時20分、島に到着が10時すぎ。3月末の完成は難しい。是非、朝7時の渡船を復活してほしい」との要望を伝えた。
    ※山崎市長は、直ちに手配を完了し、翌朝一番の渡船が出航した。
    4月5日
    福岡市が支援策発表
    4月11日
    この日、県は、私が、4月2日要望していた通り、災害救助法が適応されていない市町村に対し、被災者生活再建支援制度及び、被災住宅応急修理支援事業等を創設することを決定。

    ※前原市で調査したマンションは半壊と認定され住宅の修理費用として30万円を上限に助成。修理費が30万円を超える分については、前原市が3万円を上限に支給する。
     また、一部損壊の住宅の補修には、最高150万円までの借り入れに対し年率2%を上限に5年間、利子補給(市と県で50%ずつ負担)する。こととなった。
    4月20日
    午前6時22分震度4の余震があった。ゆれに敏感になっている自分がいた。警固断層などへの影響が懸念されています。今回は、県議会、市議会の公明党が行った要望のほとんどは、異例の速さで実行されました。麻生知事も山崎市長も地震当日、自らが現場を見ていた。私たちと同じ視点だったからだと思います。また、国、県、市、町の議員が一丸となって取り組んだ成果だと自負しています。

     今回、福岡でも地震がおきるということが分かりました。都市の直下型地震が起きる可能性があるとして都市の、防災のあり方を早急に考えていかなければなりません。これからが大事だと決意しています。

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